韓国で文化を産業政策と国際協力の軸として扱う大型会議「世界慶州フォーラム2026」が、10月8日から9日まで慶州華白コンベンションセンター(HICO)で開かれる。文化体育観光部が10月6日に公表した概要によると、国内外の専門家約700人が参加し、文化・創造産業、地域、デジタル・AI、歴史・文化の4テーマを中心に議論する。焦点は、文化を公演や観光の付随分野ではなく、成長戦略、制度設計、人材交流、国際協力を結ぶ政策領域としてどう位置づけるかにある。
今回の特徴は、韓国が2025年のAPEC慶州会議で前面に押し出した「文化創造産業」と、その後に採択された議論の流れを単発の外交行事で終わらせず、次の協力枠組みに接続しようとしている点だ。慶州という歴史都市を会場に選びつつ、論点自体は文化遺産の保存だけにとどまらない。若者人材、地域ブランド、AI時代の創作環境、制度と市場の関係までを一つのフォーラムに収め、文化政策を総合政策として見せる構成になっている。
開催概要――2日間で本会議、4分科、10のパートナープログラム
主催は韓国文化体育観光部、主管は韓国国際文化交流振興院で、慶尚北道と慶州市が協力する。全体テーマは「グローバル転換期、文化が導く共同繁栄・共同成長」。10月8日の開会式では、文化が経済と社会にどのような価値を生むかを扱う基調講演と特別対話が組まれ、10月9日に4つの分科フォーラムが行われる。文化体育観光部の英語版資料では、イタリアのピエル・ルイジ・サッコ氏、英国のアンディ・プラット氏らが基調講演に参加し、韓国コンテンツ振興院長やオックスフォード大学韓国学センター関係者も特別対話に加わるとされる。
会議の規模は約700人。ここで重要なのは人数の多さより、参加主体の幅だ。政府、地方自治体、大学、国際機関、産業関係者を同じ場に置くことで、文化政策を「発表の場」から「実行主体の調整の場」へ近づけようとしている。あわせて10のパートナープログラムが予定され、外交部と慶州市によるFEALAC文化都市ネットワーク第3回会合、APEC1周年記念セミナー、韓ASEAN持続可能イノベーションプログラムなどが例示されている。会場ではロボット展示、伝統茶文化体験、特別公演も行われる予定で、産業・政策議論と文化体験を並行させる設計が見える。
背景――APECの成果を文化創造産業の協力へどう引き継ぐか
このフォーラムの背景には、2025年に韓国が議長国を務めたAPEC慶州会議がある。APEC 2025 Koreaの公表資料によれば、2025年の首脳会議では「慶州宣言」が採択され、文化創造産業がアジア太平洋地域の新たな成長動力として明記された。さらに同年8月のAPEC文化・創造産業ハイレベル対話では、文化創造産業とAI、経済成長、地域協力を結びつける共同声明が出されている。世界慶州フォーラム2026は、こうした外交文書上の合意や問題意識を、より実務的な議論に移すための後続装置とみることができる。
言い換えれば、今回の会議は新しい宣言を採択する場である以前に、すでに確認された論点を具体化する場として組まれている。韓国側の説明でも、APEC首脳会議と文化産業高級対話の成果を基盤に、持続可能な国際協力の方策を議論すると位置づけている。文化を「国のイメージ」や「観光誘致」の補助線として扱うのではなく、雇用、人材育成、知的財産、デジタル転換、都市ブランド形成まで含む産業・制度の束として扱う点が、このフォーラムの政策的な意味になる。
4テーマの設計――若者、地域、AI、歴史を一つの産業政策に束ねる
公式資料で示された4テーマは、「文化・創造産業と若者」「地域とグローバル」「デジタル・AI」「歴史・文化」だ。この並べ方は単純な分野分類ではない。第一に、文化・創造産業と若者の組み合わせは、コンテンツ産業の成長を人材の国際移動や技能形成と結びつける発想を示す。映画、音楽、ゲーム、デザイン、出版などの文化産業では、作品そのものだけでなく、企画・制作・流通・海外連携を担う実務人材の層の厚さが競争力に直結するためだ。
第二に、「地域とグローバル」は、地方都市の歴史・文化資産をどう国際的に通用するブランドへ転換するかという論点を正面に置く。地域資産は存在するだけでは産業化されない。物語化、発信基盤、回遊導線、国際会議や創造産業イベントとの接続が必要で、その設計を文化政策のテーマに引き上げている。第三に、デジタル・AIは創作支援技術としての可能性だけでなく、権利保護や公正な補償制度の問題を含む。第四に、歴史・文化は保存の議論に閉じず、「生きた遺産」が現代社会とどう共存しうるかを問う。4テーマは別々に見えて、実際には文化産業の生態系を構成する要素として相互につながっている。
AI論点――創作支援の拡大と権利・補償の制度設計
今回の4テーマのうち、日本の読者にとって最も実務的な関心が高いのはデジタル・AIの分科だろう。文化体育観光部の資料では、AI時代に創作者、産業、制度的枠組みが共存できる仕組みをどう設計するかが論点として示されている。ここでいうAIは、単に作業効率を上げる補助ツールではない。生成AIの普及により、企画、翻訳、編集、映像生成、音声合成、推薦アルゴリズムまで、文化産業のバリューチェーン全体に影響が及ぶ。したがって議論の対象は技術導入の是非よりも、導入後に誰が利益を得て、どこで権利処理を行い、どの制度で市場の公平性を維持するかに移る。
この点で韓国のフォーラム構成は比較的明確だ。AIを成長エンジンとして評価する一方、創作者の権利保護や公正な報酬体系を切り離していない。文化産業では、学習データの利用範囲、二次利用の管理、プラットフォームと創作者の交渉力格差、作品の真正性表示など、技術論だけでは整理できない課題が多い。公式資料が「創作者・産業・制度」の三者の共存を強調するのは、AI導入の速度と制度整備の速度が一致しない現実を踏まえているからだ。今回の会議は、AI活用礼賛か規制強化かという二者択一ではなく、文化政策の内部でバランスをどう取るかを探る場として読むべきだ。
地域・歴史の論点――慶州を「保存」から「国際発信」へ広げる発想
慶州という開催地の意味も大きい。慶州は新羅の古都として知られ、韓国の歴史文化を象徴する都市だが、今回のフォーラムでは、その歴史性を展示の背景にするのではなく、地域資産を国際的な文化協力や創造産業の議論と接続する実験場として使っている。文化体育観光部資料では、「地域とグローバル」の分科で地域の歴史文化資産のグローバル・ブランディング戦略が扱われ、「歴史・文化」の分科では生きた遺産が持続可能な未来づくりにどう寄与できるかが議論される。
ここでのポイントは、歴史都市の価値を保存政策だけで測らないことだ。文化遺産は保存対象であると同時に、教育、研究、観光、コンテンツ制作、都市外交を結ぶ基盤にもなりうる。ただし、産業化を急げば商業化偏重や表層的な演出に傾く危険もある。だからこそ「歴史・文化」と「地域とグローバル」を別の分科として設け、資産の保全と対外発信を切り分けながら接続しようとしている。慶州市が世界慶州フォーラムの育成・支援条例案を9月末に立法予告した点も、単発イベントではなく、都市の中長期的な政策資産として定着させたい意図を示している。
位置づけ――文化を公演や観光ではなく、共同成長の政策軸として扱う会議
世界慶州フォーラム2026の位置づけを一言でまとめれば、文化を「見せるもの」から「組み立てるもの」へ移す会議だ。舞台公演や観光振興が消えるわけではないが、それらを最終成果としてだけ扱うのではなく、文化産業の国際協力、人材交流、AI時代のルール形成、地域都市の対外戦略までを包み込む政策軸として文化を据えている。韓国が2025年APECで打ち出した文化創造産業協力の議題を、2026年に慶州で実務的な論点へ深掘りする流れと見るとわかりやすい。
現時点で確認できるのは、10月8日から9日までHICOで開催され、約700人規模、4テーマ、10のパートナープログラムという開催概要と、その背景にAPEC慶州宣言および文化・創造産業ハイレベル対話の成果があることだ。会議の成果を先取りして断定することはできないが、少なくとも今回のフォーラムは、文化を産業・AI・地域・歴史・国際協力の交点として再定義する場として設計されている。
出典
本稿は、韓国文化体育観光部が2026年10月6日に公表した世界慶州フォーラム開催概要、同部英語版発表資料、韓国国際文化交流振興院の事業紹介、APEC 2025 Koreaの首脳宣言および文化・創造産業ハイレベル対話関連資料、慶州市の立法予告資料、HICOの開催案内をもとに構成した。