日本とポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアが協力強化 サプライチェーンと科学技術、ウクライナ情勢も議論
日本と中東欧4カ国による「V4+日本」の外相会合が5年ぶりに開かれた。茂木敏充外相は9月1日、スロバキアのブラチスラバ近郊で開催された第8回「V4+日本」外相会合に出席し、スロバキア、チェコ、ハンガリー、ポーランドの外相らと約2時間30分にわたり協議した。会合では従来の政治対話に加え、科学技術、AIガバナンス、経済安全保障、安定したサプライチェーン、西バルカン支援など、経済と安全保障が重なる分野での協力強化が打ち出された。
V4はポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアで構成する地域協力の枠組みで、1991年にハンガリーのヴィシェグラードで創設された。日本は欧州域外の国として早い段階からV4との対話を進めてきたが、今回の外相会合は5年ぶりの開催となった。会合の再開そのものに加え、協力の重点がAIや経済安全保障へ広がったことは、日本の対欧州外交が産業政策や技術政策とより強く結び付いていることを示している。
5年ぶりの再開、V4側も日本との関係強化を強調
今回の会合では、議長国スロバキアのユライ・ブラナール外相が、日本が「V4プラス」の形式で対話を行った最初のアジアの域外国であることに触れ、5年ぶりの外相会合再開を歓迎した。茂木外相も、日本とV4には経済や科学技術をはじめ大きな協力余地があり、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持するためにも連携がこれまで以上に必要だとした。
この発言の背景には、欧州とインド太平洋の安全保障・経済環境が以前より密接に結び付いている現実がある。ウクライナ情勢が長期化し、エネルギーや重要物資の供給網に対する警戒が強まる一方、半導体、AI、量子技術など先端産業を巡る競争も激しさを増している。
V4諸国は地理的には中東欧に位置するが、製造業や自動車産業の集積地として日本企業との結び付きが深い。日本にとってV4との関係は外交上の地域協力にとどまらず、欧州における生産・供給ネットワークを安定させるという産業面の意味を持つ。
協力の柱に科学技術とAI
今回の会合で特に注目されるのは、「V4+日本」協力の重点分野として科学技術とAIが明確に位置付けられたことである。
日本とV4各国は、信頼できる科学技術協力のパートナーとして、科学技術ワークショップの開催やEUの研究開発枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」の下で連携を強化することで一致した。外務省は、安全性、安心、信頼、共有を重視したイノベーション・エコシステムの形成を目指すとしている。
AIについても、安全性とセキュリティを含む国際的なAIガバナンスで連携を深める方針が確認された。生成AIの普及に伴い、各国ではデータ保護、偽情報、サイバーセキュリティ、著作権、AIモデルの安全性などが政策課題となっている。
これまで「V4+日本」という枠組みは地域外交として見られることが多かったが、AIや科学技術が主要議題に入ったことで、今後は産業競争力や技術標準を含む協力枠組みとしての性格が強まる可能性がある。
経済安全保障が日欧協力の中心へ
茂木外相は会合で、近年緊迫の度合いを増している経済安全保障分野への対応を含め、日欧連携の重要性が高まっていると説明した。これに対してV4各国外相も、日本企業による地域経済への貢献に謝意を示し、日本企業の活動を引き続き支援するとともに、安定的なサプライチェーン構築で連携する意向を示した。
経済安全保障は現在、日本とEU双方にとって主要政策の一つである。半導体、重要鉱物、バッテリー、医薬品、通信機器など、特定地域への依存が高い製品や原材料について、調達先を多様化し、生産網の強靱性を高める動きが進んでいる。
V4諸国には日本の製造業が長年投資してきた実績がある。とりわけ自動車や電機、部品産業では中東欧が欧州生産網の重要な拠点となっており、サプライチェーン強化という議題は日本企業にとって直接的な意味を持つ。
外交会合で「サプライチェーン」が主要テーマになること自体、国際関係と企業活動の境界が以前より曖昧になっていることを示している。
チェコには約270社の日系企業
V4諸国と日本企業の結び付きは、個別の外相会談でも確認された。
茂木外相は9月1日にチェコのペトル・マチンカ副首相兼外相と会談し、チェコには製造業を中心に約270社の日系企業が進出し、約5万人の雇用を創出していると説明した。両国は経済と経済安全保障に加え、宇宙の探査・利用、量子技術など先端分野でも協力を深めることで一致した。
同じ会談では「日・チェコ行動計画2026―2030」の署名入り文書も交換された。日本とチェコの関係は製造業を中心とした投資関係から、先端技術と安全保障を含む戦略的協力へ広がっている。
チェコは半導体や自動車、精密機械など欧州製造業のサプライチェーンに組み込まれているだけに、日本企業にとっても重要な産業拠点であり続ける可能性が高い。
ハンガリーでは日系約200社が3万人を雇用
ハンガリーとの関係でも、企業活動が外交の重要な土台となっている。
茂木外相は同日、オルバーン・アニタ副首相兼外相との会談で、ハンガリーに約200の日系企業拠点があり、約3万人の雇用を創出していると説明した。両国外相は経済、経済安全保障、スマート農業などで協力を深め、特に経済安全保障分野では同志国として連携していくことで一致した。
ハンガリーは欧州の自動車産業やバッテリー産業で存在感を強めている。中国や韓国などアジア企業の投資も活発で、日本企業にとっては市場であると同時に、生産拠点間の競争が強まる地域でもある。
そのため、日本とハンガリーの経済関係は単なる企業誘致ではなく、欧州製造業の再編と経済安全保障をどう両立させるかという課題と結び付く。
ポーランドは安全保障と産業の両面で重要性高まる
ポーランドとの関係では安全保障の比重が大きい。茂木外相は8月31日、V4会合に先立ちラドスワフ・シコルスキ副首相兼外相と会談し、4月に両国首脳が確認した「包括的・戦略的パートナーシップ」を踏まえ、安全保障分野を含む具体的な協力を進める考えを示した。
ポーランドはウクライナと国境を接し、NATOの東部防衛で重要な位置を占めている。そのため日本との協力も、通常の二国間経済関係に加えて、欧州安全保障やウクライナ情勢を含む広い文脈で進むことになる。
同時に、ポーランドは中東欧最大級の市場であり、製造業と物流の拠点としても重要である。防衛・安全保障と産業投資が同時進行する点は、今後の日本とV4の関係を象徴している。
西バルカン協力も再活性化
「V4+日本」では西バルカン地域への協力も主要項目となった。日本とV4は、西バルカンの安定と発展に向けて「西バルカン協力イニシアティブ」の下で連携を再活性化することで一致した。
西バルカンにはセルビア、北マケドニア、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、コソボなどがあり、EU統合や地域安定が長年の課題となっている。
V4諸国は地理的・歴史的に西バルカンとの関係が深く、日本はODAや企業活動を通じて地域支援を続けてきた。双方が連携すれば、インフラ、産業育成、人材交流などで協力余地が広がる。
この分野は短期的な企業利益に直結するテーマではないものの、欧州南東部の安定は物流網や投資環境にも影響するため、経済安全保障の観点からも無関係ではない。
ウクライナとインド太平洋を同じテーブルで議論
今回の会合では、ウクライナ情勢だけでなく、北朝鮮の核・ミサイル問題や拉致問題を含む東アジア情勢、中東情勢についても意見が交わされた。茂木外相が日本の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」について説明したのに対し、V4各国外相はFOIPへの支持を示し、「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分」との認識を共有した。
この考え方は近年の日本外交で重要性を増している。欧州で起きる軍事衝突やエネルギー危機はアジア経済にも影響し、東アジアでの緊張は欧州企業のサプライチェーンや貿易にも波及する。
安全保障を地域ごとに切り分けることが難しくなった結果、日本と中東欧諸国の協議でもウクライナとインド太平洋が同じ議題として扱われるようになった。
V4内部には政策の違いもある
一方、V4を一枚岩として捉えるのは適切ではない。
ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアはEUとNATOに属するという共通点を持つものの、ウクライナ政策や対ロシア関係、EU政策などでは立場に違いがある。V4は共通政策をすべての分野で持つ同盟ではなく、利害が一致する分野で協力する地域枠組みである。
日本にとっても、V4全体との対話と各国との二国間関係を並行して進める必要がある。実際、今回の訪問でも「V4+日本」外相会合の前後にポーランド、ハンガリー、チェコなどとの個別会談が設定された。
この二層構造こそが、日本の中東欧外交を理解する重要なポイントになる。
日本企業にとっては「欧州の生産拠点」という意味
日本企業の視点から見ると、V4諸国の価値は市場規模だけでは測れない。ドイツやフランスなど西欧の大市場に近く、比較的厚い製造業基盤と交通インフラを持つ中東欧は、欧州全体へ供給する生産拠点として機能してきた。
特に自動車産業ではドイツを中心とする欧州サプライチェーンとV4諸国が密接につながっており、日本企業もそのネットワークに参加している。
今後、EV化やバッテリー生産、半導体調達、AI導入などによって製造業の構造が変われば、V4地域の位置付けも変化する。
だからこそ、今回の会合で科学技術、AI、サプライチェーン、経済安全保障が一体的に議論された意味は小さくない。
対話再開から「実務協力」へ進めるか
5年ぶりとなった今回の「V4+日本」外相会合は、関係再構築の出発点としては一定の意味を持つ。しかし、本当の評価は今後どれだけ具体的な協力につながるかで決まる。
科学技術ワークショップやホライズン・ヨーロッパでの協力、AIガバナンス、サプライチェーン強化、西バルカン支援など、今回示された項目はいずれも幅が広い。その分、研究機関、政府、企業が実際のプロジェクトへ落とし込めるかが重要になる。
特に経済安全保障では、重要物資の調達先分散や技術保護、投資審査など、企業経営に直接影響する政策が増えている。外交レベルの合意が企業の投資環境や研究開発協力にどう反映されるかが次の焦点となる。
中東欧外交は日本の産業戦略の一部へ
今回の会合から見えるのは、日本の中東欧外交が政治対話だけの枠組みではなくなっていることである。
AI、量子技術、宇宙、科学技術、安定的なサプライチェーンという言葉は、いずれも現在の産業競争力を左右するテーマである。そこにウクライナ、インド太平洋、経済安全保障が重なり、外交と産業政策の境界はさらに薄くなっている。
V4諸国にとって日本は投資国であると同時に、先端技術とアジアへの接点を持つパートナーである。日本にとってV4は欧州における製造拠点であるだけでなく、安全保障と技術協力の接点として重要性を増している。
5年ぶりに再開した「V4+日本」が今後定例化され、研究開発や企業投資、経済安全保障の実務協力へ進めることができるか。今回の会合は、日本と中東欧の関係が次の段階へ進むかを占う試金石になりそうだ。