高田審議委員の発言で円買い強まる 介入警戒だけでは説明できない相場変化
外国為替市場で円が急速に値を戻している。9月3日の東京市場では円買い・ドル売りが進み、ドル・円相場は一時1ドル=157円台まで上昇した。前日の海外市場では158円台前半まで円高が進んでおり、東京市場に入ってからも流れは続いた。
3日午前は158円台後半で取引が始まり、一時158円97銭付近まで円が売られた。しかし、その後は円買いが優勢となり、正午前後には158円を割り込んだ。午後0時14分ごろには157円63銭まで円高が進む場面もあった。前日午後5時時点と比べれば、短時間で1円を超える円高となった。
今回の円高を考えるうえで重要なのは、単なる為替介入への警戒だけではない。市場が日本銀行の利上げペースそのものを見直し始めた点にある。
高田審議委員の発言が市場の見方を変えた
きっかけの一つとなったのが、日本銀行の高田創審議委員が9月2日に札幌市で行った発言だ。
高田委員は札幌市金融経済懇談会で、日本経済と物価を取り巻く環境について説明し、金融政策について「機動的な利上げ」が必要となる新たな局面に入ったとの認識を示した。日本銀行は同日、講演内容を公表している。
市場が特に反応したのは、その後の記者会見で示された利上げのペースと幅に関する考え方だった。
高田委員は、これまでのような年2回程度という利上げの間隔が今後も続くとは限らないとの考えを示した。経済や物価を取り巻く環境が変われば、連続して利上げする可能性もあり得ると説明した。
利上げ幅についても、毎回0.25%ポイントと決まっているわけではないとの認識を示した。市場が想定してきた「半年程度の間隔で0.25%ずつ」という利上げのイメージに修正を迫る内容だった。
発言を受け、2日の東京市場でも円買いが進んだ。午後3時時点のドル・円は159円82~83銭となり、午前9時の160円20~21銭から円高方向へ動いた。
その流れがニューヨーク市場から3日の東京市場へ引き継がれた形だ。
「次の利上げ」から「その次の利上げ」へ
これまで市場の関心は、日銀が次にいつ政策金利を引き上げるかという一点に集まりやすかった。
しかし高田委員の発言によって、焦点は少し変わった。
次回の利上げがあるかどうかだけではなく、その後も比較的短い間隔で利上げが続く可能性を為替市場が織り込み始めたからだ。
日銀は9月17、18日に金融政策決定会合を予定している。市場では9月会合で追加利上げが行われるとの見方が強まっている。高田委員は7月の金融政策決定会合でも利上げを提案しており、政策委員の中では金融正常化に積極的な立場として知られる。
もちろん、高田委員一人の発言がそのまま日銀全体の政策方針になるわけではない。
それでも外国為替市場にとっては重要な材料となる。金融政策の方向だけでなく、政策変更の「速度」が変わる可能性を示したからだ。
為替相場は日本と米国の金利差に敏感に反応する。日本の金利が予想より速いペースで上昇するとの見方が広がれば、円を売ってドルなどの高金利通貨を買う取引の魅力は相対的に低下する。
これまで円安を支えてきた構造の一部が変わる可能性が出てくる。
160円接近で強まっていた介入警戒
もう一つ無視できないのが、政府・日銀による為替介入への警戒だ。
ドル・円は2日午前に160円台まで円安が進んでいた。円安が急速に進む局面では、市場参加者が政府による円買い介入の可能性を意識しやすい。
日本の為替介入は財務大臣の権限で決定され、日本銀行が財務大臣の代理人として実務を行う。目的は為替相場の急激な変動を抑え、安定を図ることにある。
市場にとって重要なのは、具体的な為替水準だけではない。
円相場が短期間で大きく動いているか、投機的な取引が一方向に傾いているか、輸入物価や家計負担への影響が強まっているかといった複数の要素が意識される。
160円という数字そのものが機械的な介入ラインになるわけではない。
ただ、160円前後は市場参加者が当局の反応を強く意識しやすい水準になっており、円売りを続ける投資家にとってリスクが高まる。
そこへ日銀の早期利上げ観測が重なったことで、円売りポジションを解消する動きが広がったとみられる。
米国側の金利動向も円高を後押し
今回の円高は、日本側の材料だけで起きているわけでもない。
2日の米国債市場では長期金利の上昇が一服した。米金利が上昇すればドルが買われやすくなるが、上昇が止まればドルを支えていた材料の一つが弱まる。
2日の東京市場でも、午前中は米長期金利の上昇を受けてドルが買われたものの、その後に米金利が落ち着き、高田委員の発言が伝わると円高が進んだ。
3日の東京市場でも、前日の高田委員の発言に加え、弱めの米経済指標などが改めて材料視されたとの市場関係者の見方が出ている。
ドル・円相場を見る際には、「円が買われているのか」「ドルが売られているのか」を分けて考える必要がある。
今回は日銀の利上げ観測による円買いと、米国側の材料によるドル売りが同時に進み、値動きが大きくなった可能性がある。
円高に転じたと判断するのはまだ早い
一方、今回の動きだけで中長期的な円安局面が終わったとみるのは早い。
日本と米国の金利差は依然として大きく、米国のインフレや金融政策次第ではドルが再び買われる可能性がある。
日本国内でも、利上げを急げば住宅ローンや企業の借入金利、国債費などへの負担が増える。景気と物価を確認しながら金融政策を進めなければならないという日銀の基本的な条件は変わっていない。
高田委員自身も、市場で想定されている一定の利上げ幅や間隔に縛られず、国内外の金融環境を確認して対応する必要があるとの立場を示している。
つまり「利上げを急ぐ」と決まったわけではない。
市場がこれまで前提としてきた利上げペースより、速い展開もあり得るという選択肢が意識され始めたことが重要だ。
円相場の焦点は9月の日銀会合へ
今後の最大の焦点は、9月17、18日の日銀金融政策決定会合となる。
追加利上げそのものが市場に一定程度織り込まれていれば、実際に利上げが行われても円高が大きく進まない可能性がある。
むしろ注目されるのは、その後の金融政策について日銀がどのようなメッセージを示すかだ。
年内にさらに利上げする可能性を残すのか。物価上昇への警戒を強めるのか。利上げの間隔について従来より柔軟な姿勢を示すのか。
こうした情報によって、ドル・円の適正水準に対する市場の見方も変わる。
一方で、円安が再び160円方向へ進めば、財務省による為替介入への警戒が再燃する可能性がある。逆に日銀の利上げ観測がさらに強まれば、円売りを続けてきた投資家によるポジション調整が一段と進むことも考えられる。
3日の円急伸は、一日の値動きとして片付けるには意味が大きい。
市場が見始めているのは、次の0.25%の利上げだけではない。その先の日銀が、どの程度の速度で金利を正常化させるのかという新しい局面である。
ドル・円相場の焦点は、円安がどこまで進むかという問題から、日銀の金融政策がどこまで速く変わるかという問題へ移り始めている。