先端半導体の量産を目指すラピダスが、イタリア政府の研究機関「Chips-IT」と研究開発協力に向けた覚書を結ぶことが明らかになった。
15日に予定される高市早苗首相のイタリア訪問に合わせて締結される見通しで、日本とイタリアの半導体分野での連携を象徴する動きとなる。
覚書には、先端ロジック半導体の製造技術に関する共同研究や人材交流、情報共有の枠組みなどが盛り込まれる方向だ。
ラピダスにとっては、欧州の公的研究機関と早い段階から関係を築くことで、技術基盤の強化と将来的な顧客開拓の両面を狙う。
ラピダスは北海道千歳市で2ナノメートル世代を念頭に置いた先端半導体の量産工場建設を進めており、日本政府から巨額の支援を受ける戦略的プロジェクトとして位置づけられている。
一方で、EUVリソグラフィーをはじめとする最先端プロセスの立ち上げには、装置メーカーや材料メーカーに加え、海外研究機関との連携が不可欠とされる。
とくに欧州は、半導体製造装置、材料、設計ツールなどで独自の強みを持ち、研究インフラも整備されている地域だ。
ラピダスがイタリアの研究機関と組むことで、こうした欧州の技術エコシステムへのアクセスを広げる狙いがあるとみられる。
イタリア政府が設立したChips-ITは、欧州連合(EU)が進める「European Chips Act(欧州半導体法)」の流れの中で位置づけられる研究拠点とされ、国内外の企業や大学と連携しながら半導体技術の強化を図っている。
欧州では、米国やアジア勢に対抗する形で、設計から製造、パッケージングまでを含むサプライチェーンの再構築が課題となっている。
イタリアはその中で、研究開発や試作ラインの整備を通じて、次世代プロセスやパワー半導体、車載向けデバイスなどの分野で存在感を高めようとしている。
Chips-ITとの協力は、ラピダスにとって欧州市場の技術動向を直接把握する窓口にもなり得る。
今回の覚書で焦点となるのは、製造技術の共同研究の具体的な中身だ。
先端ロジック半導体の量産には、微細化に伴うトランジスタ構造の高度化や、配線抵抗・リーク電流の抑制、熱設計など、多岐にわたる課題がある。
加えて、EUV露光におけるマスク欠陥の制御や、レジスト材料の最適化、プロセス変動を抑えるための計測・制御技術も重要となる。
ラピダスとChips-ITがこうした領域で共同研究を進めれば、プロセス開発のスピードと品質を高める効果が期待できる。
産業界では、先端半導体の製造拠点が米国と台湾、韓国に偏在していることへのリスク認識が高まっている。
地政学的な緊張やサプライチェーンの分断が現実味を帯びる中で、日本や欧州が自前の製造能力を確保する動きは、単なる産業政策にとどまらず、安全保障や経済安全保障の観点からも注目されている。
ラピダスとChips-ITの連携は、こうした世界的な再編の一環として位置づけられ、日本と欧州が相互補完的に技術基盤を強化する試みといえる。
特定の地域に依存しない供給体制を構築するうえで、複数の拠点間で技術標準やプロセスノウハウを共有することは重要な意味を持つ。
ラピダス側にとって、イタリアとの協力は将来的な顧客開拓の布石という側面も大きい。
欧州には自動車、産業機械、通信インフラ、航空宇宙など、高信頼性が求められる分野の大手企業が集積している。
これらの企業は、AI処理や高度な制御、セキュリティ機能を組み込んだ先端ロジック半導体へのニーズを強めており、供給元の多様化にも関心を持つ。
ラピダスが研究段階から欧州の公的機関と連携しておくことで、将来の量産フェーズで共同開発や長期供給契約につなげやすくなる可能性がある。
一方で、先端半導体の量産ビジネスは投資負担が極めて重く、技術リスクも高い。
ラピダスは国内外の大手企業から出資を受けているものの、2ナノ世代以降の継続的な設備投資には、安定した受注と長期的なエコシステム構築が不可欠だ。
欧州の研究機関との協力は、その前段階として技術面での信頼関係を築き、共同プロジェクトを通じてラピダスのプロセス技術を欧州企業に評価してもらう機会となる。
研究開発段階から関係を深めることで、量産立ち上げ時の顧客獲得リスクをある程度抑えられるとの見方もある。
イタリア側にとっても、日本の先端プロセス開発に関与する意義は小さくない。
欧州は車載向けや産業向けに強みを持つ一方、最先端ロジックの量産では台湾や韓国、米国に後れを取っているとの指摘がある。
Chips-ITがラピダスと協力することで、2ナノ世代クラスのプロセス技術に関する知見を早期に取り込み、欧州内の研究ネットワークに還流させることができる。
これにより、欧州企業が自社製品の設計段階から先端プロセスを前提にした開発を進めやすくなる効果も期待される。
今回の覚書は、あくまで研究開発協力の枠組みづくりであり、具体的な投資や工場建設に直結するものではないとみられる。
それでも、政府間の首脳往訪に合わせて締結されることから、政策的な後押しを受けた長期的な協力関係の起点となる可能性が高い。
日本政府は経済安全保障の観点から先端半導体を「戦略物資」と位置づけており、欧州側も同様の問題意識を共有している。
政府レベルの対話と企業・研究機関レベルの連携が重なり合うことで、技術協力の継続性が高まりやすい環境が整う。
技術面では、共同研究のテーマ設定が今後の成否を左右する。
プロセスノードの微細化だけでなく、3D実装やチップレット、先端パッケージングなど、システム全体の性能と消費電力を最適化するアプローチが重要になっている。
ラピダスとChips-ITが、どの領域に重点を置き、どの程度の期間とリソースを投じるかによって、得られる成果の性格は大きく変わる。
産業界からのニーズを踏まえつつ、研究テーマを柔軟に見直せる運営体制が求められるだろう。
人材面の協力も見逃せないポイントだ。
先端半導体の開発・製造には、デバイス物理、材料科学、プロセス工学、回路設計、テスト技術など、多様な専門分野を横断するスキルが必要とされる。
日本国内だけでこうした人材を十分に確保するのは難しく、欧州の大学や研究機関との共同プロジェクトを通じて、若手研究者やエンジニアの交流を進めることは双方にとってメリットがある。
将来的に、ラピダスの拠点と欧州の研究機関との間で人材が行き来するようになれば、技術移転のスピードや質も高まりやすい。
市場環境を見渡すと、生成AIや高性能コンピューティング向けの需要拡大が続く一方で、景気変動や在庫調整の影響も無視できない。
先端プロセスへの投資は景気後退局面でも継続する必要があり、短期的な需要の波に左右されにくい事業ポートフォリオの構築が課題となる。
ラピダスが欧州の研究機関と連携し、複数地域の顧客基盤を視野に入れた技術開発を進めることは、長期的な需要変動リスクを分散するうえでも意味がある。
特定のアプリケーションや地域に依存しない形で先端プロセスを活用できるようにすることが、事業の持続性につながる。
今回の協力枠組みが実際にどこまで成果を上げられるかは、今後数年にわたるプロジェクトの積み上げにかかっている。
覚書締結はスタート地点に過ぎず、具体的な研究テーマの選定、予算配分、知財の取り扱い、成果の産業応用など、検討すべき論点は多い。
とはいえ、先端半導体の量産を目指すラピダスが、イタリアのChips-ITと早期に連携を打ち出したことは、日本と欧州が同じ課題意識のもとで動き始めたことを示している。
技術と産業の両面で実効性のある協力関係を築けるかどうかが、今後の国際半導体競争における日本と欧州の立ち位置を左右しそうだ。