ベトナムでは、政府の政令335/2026/NĐ-CPが2026年10月5日に発効し、社会扶助の基準額が月54万ドンに改められた。ここでまず押さえたいのは、54万ドンは多くの報道で見出しになっているものの、それ自体が全受給者の一律支給額を意味するわけではないという点だ。実際には、高齢者、障害者、要保護児童、貧困世帯のひとり親世帯などを対象とする各種給付や介護・養育支援を算定するための「基準額」であり、実際の支給水準は対象区分ごとの係数を掛けて決まる。日本から制度を追う際に最も混同しやすいのはこの部分で、今回の改定は単純な月額一律給付への変更ではなく、社会扶助制度全体の計算土台が引き上げられたものと理解する必要がある。
10月5日に発効、ただし制度の読み方には注意が必要
今回の根拠法令は、2026年8月21日付の政令335/2026/NĐ-CPだ。政府公報と政府系政策解説では、この政令の効力発生日を2026年10月5日としている。一方で、関連する政府解説には、既存の受給者を新基準に対応する水準へ移行させる経過措置として、2026年7月1日から相当額に切り替えるとする説明もみられる。つまり、制度の正式な発効日は10月5日だが、支給水準の反映については7月1日基準で整理される受給者がいるという構造になっている。
この点を曖昧にすると、「7月から始まった制度」と「10月から始まった制度」が混在して見えてしまう。正確には、政令そのものは10月5日発効であり、同時に経過措置として既存対象者の水準移行を7月1日にさかのぼって扱う条項がある、という理解が妥当だ。読者が確認したい「10月から何が変わったのか」という問いに対しては、10月5日から新政令が正式に有効化され、54万ドン基準に基づく社会扶助の算定枠組みが全面的に適用される、というのが直接の答えになる。
54万ドンは「給付額」ではなく、複数制度を動かす算定基準
政令335号は、社会扶助基準額を月54万ドンと定め、この金額を社会扶助、地域での養護受け入れ支援、社会扶助施設での養育・介護費用、その他の関連扶助を決める基礎に位置づけた。以前の制度では、2024年改正後の基準額は50万ドンだったため、今回は8%の引き上げになる。さらにその前の2021年制度では36万ドンが基準だったため、中長期で見ると基準額の水準自体が段階的に引き上げられてきたことになる。
重要なのは、受給額の決まり方が「54万ドン×係数」であることだ。たとえば、親を失うなどした要保護児童のうち4歳未満は係数2.5で月135万ドン、4歳以上は係数1.5で月81万ドンとなる。貧困世帯のHIV感染児童は4歳未満で係数2.5、4歳以上16歳未満で係数2.0が適用される。貧困または準貧困世帯のひとり親が子を育てる場合は、養育中の子ども1人ごとに係数1.0、つまり月54万ドンが基準になる。ここで初めて「54万ドンそのもの」が給付額になる区分もあるが、それはあくまで係数1.0の区分に限られる。
逆にいえば、見出しだけを見て「高齢者も障害者も全員が月54万ドンを受け取る」と理解するのは誤りだ。基準額は共通でも、対象区分と係数の違いによって月額は大きく変わる。今回の制度変更を理解する鍵は、54万ドンを単独の給付額ではなく、複数制度を連動させる共通の物差しとして見ることにある。
どの対象制度に影響するのか――高齢者、障害者、児童、ひとり親世帯
対象範囲は広い。月次の社会扶助では、要保護児童、貧困世帯のHIV感染児童、子を養育する貧困・準貧困世帯の単身親、扶養義務者がいない、または扶養者自身が月次扶助受給者である貧困高齢者、重度・最重度障害者、少数民族・山岳の特別困難地域に住む3歳未満の貧困・準貧困世帯児童、賃金や年金などの定期収入がない貧困世帯のHIV感染者などが含まれる。
高齢者では、貧困世帯で扶養者がいない人などに60歳以上75歳未満で係数1.5、75歳以上で係数2.0が設定される。地域での養護受け入れの対象になる高齢者には係数3.0が適用され、月162万ドンが最低支援水準となる。障害分野では、最重度障害者が係数2.0、最重度障害の児童や高齢者は2.5、重度障害者は1.5、重度障害の児童や高齢者は2.0だ。したがって、障害の程度に加えて年齢属性でも支給額が変わる。
また、地域で個人や世帯が対象者を受け入れて養護する場合の支援も連動して増える。たとえば、要保護児童の受け入れでは年齢に応じて係数2.5または1.5、最重度障害者の受け入れでは1.5、最重度障害児なら2.5などの基準が置かれている。本人への月次扶助だけでなく、受け入れ世帯への支援額も同じ54万ドン基準から再計算されるため、改定の影響は受給者本人にとどまらない。
算定方法を具体的に見ると、何がいくら変わるのか
実額をつかむには、基準額54万ドンに係数を掛けるだけでよい。係数1.0なら54万ドン、1.5なら81万ドン、2.0なら108万ドン、2.5なら135万ドン、3.0なら162万ドンとなる。旧基準50万ドンと比べると、それぞれ4万ドン、6万ドン、8万ドン、10万ドン、12万ドンの増額だ。制度改正のニュースでは54万ドンだけが独り歩きしやすいが、実際には対象類型ごとに増額幅も異なる。
月次扶助以外にも、基準額の改定は他の給付に波及する。葬祭支援は原則として基準額の20倍が最低水準で、54万ドン基準では1080万ドンになる。災害や火災、重大事故などによる重傷者への緊急支援は最低10倍で540万ドンだ。さらに、社会扶助施設で死亡した場合の葬祭費は最低50倍、つまり2700万ドンとなる。住宅被害の緊急支援では、住居の修繕に最低2000万ドン、危険回避のための緊急移転に最低3000万ドンという定額規定も置かれているが、こうした定額給付とは別に、基準額連動の給付が多数あることが今回の制度の特徴である。
なお、複数の条件に該当する場合は、原則として最も高い水準1つを受ける仕組みだ。ただし、貧困のひとり親であり、同時に高齢者や障害者、HIV感染者など別区分にも当てはまる場合には、ひとり親養育分と本人属性に基づく扶助を重ねて受けられる例外が設けられている。制度を読む際は、「重複不可が原則、ただし一部例外あり」という整理が必要になる。
地方差は残る――54万ドンで全国一律になるわけではない
もう一つ見落とせないのが地方裁量だ。政令335号は、各省・市の経済社会条件と財政余力があれば、省級人民委員会が省級人民評議会に提案し、国の基準より高い社会扶助基準額や給付額を地域独自に定められるとしている。加えて、中央政令に明記されていない困難層を地方独自に支援対象へ加えることも可能だ。
したがって、10月5日以降に「ベトナムの社会扶助は54万ドンに統一された」と理解するのも正確ではない。54万ドンは全国共通の最低基準、ないし中央政府の標準であり、実際の支給額は対象区分に加え、地方の上乗せ措置によって差が出る余地がある。日本の読者が制度比較を行う場合は、中央の政令水準と、ハノイやホーチミン市を含む各地方の上乗せ決定を切り分けて見る必要がある。
日本の読者が押さえるべきポイント
今回の改定を一言でいえば、ベトナムの社会扶助制度は2026年10月5日発効の政令335/2026/NĐ-CPによって、算定の土台を月54万ドンへ引き上げた。だが、その意味は「受給者全員が月54万ドンを受け取る」ことではない。54万ドンはあくまで基準額であり、高齢者、障害者、児童、ひとり親世帯、地域養護、施設養護、葬祭支援、緊急支援までを連動させる計算の基礎である。しかも地方政府には上乗せの余地が残されているため、制度の実際を読むには、中央基準、対象区分ごとの係数、地方独自の増額措置という三つの層を分けて確認することが欠かせない。