韓国の保健福祉部は2026年10月6日、国務会議で「福祉・ケアAI大転換ロードマップ」を報告した。今回の柱は、介護職や福祉職をAIで置き換えることではない。AIが24時間の見守り、相談・申請の入口、定型事務の自動化を担い、人は対面相談、判断、ケアそのものに集中するという役割分担を制度として整理した点にある。日本の読者にとって重要なのは、韓国のAI福祉が“技術導入”ではなく、利用者接点から現場業務までの設計変更として打ち出されたことである。
24時間化されるのは「人の労働」ではなく「支援の入口」
ロードマップが掲げる最初の答えは明快だ。24時間化の対象は、利用者の状態把握、異常兆候の検知、必要な制度への接続であり、職員の常時拘束ではない。保健福祉部は、在宅ケアにAI機器・センサーを組み合わせた「スマートホーム」、施設ケアにデジタル機器を組み込む「スマート施設」を整備し、1人で過ごす時間が長い高齢者や要支援者の安全・健康・情緒を途切れなく支える構想を示した。従来は一定時間動きがないことなど単独の情報で危機を確認していたが、今後は生活パターンや健康情報を総合して早期に異変を把握する考え方に移る。夜間の巡回確認の一部も、スマートおむつや転倒・動作センサーなどで補完する想定だ。つまり「24時間ケア」とは、24時間ずっと人手を増やす話ではなく、AIが空白時間を埋めて、人間の介入を必要な場面に絞り込む仕組みへの転換を意味する。
背景にあるのは超高齢化と地域ケア再編
なぜ韓国がこの時点で福祉とケアのAI活用を前面に出したのか。背景には、急速な高齢化と在宅・地域中心への再編がある。韓国統計庁の「2025高齢者統計」では、2025年時点で65歳以上人口は総人口の20.3%に達するとされた。保健福祉部の地域包括ケア関連資料でも、急速な超高齢化の下でケア需要は増える一方、サービス不足や分断的提供が課題だと整理されている。加えて、韓国では「医療・療養など地域ケアの統合支援に関する法律」が2026年3月27日に施行され、住み慣れた地域で医療・介護・生活支援をつなぐ制度基盤が整い始めた。今回のAIロードマップは、この地域ケアの流れにデジタル層を重ね、相談・判定・連携・記録を切れ目なく接続しようとするものだ。AIだけで問題が解決するわけではないが、人的資源が限られるなかで、制度の届き方そのものを変える必要があるという認識が政策の前提になっている。
対象業務は見守り、相談、申請、危機把握、記録業務
今回の構想で対象となる業務は広いが、無制限ではない。第一に、在宅・施設での見守りである。AIが生活・健康データを組み合わせ、異常兆候を早く見つける。第二に、福祉アクセスの入口である。2027年からは、利用者が日常の言葉で自分の状況を説明すると、生成AIが適切な福祉サービスを案内し、申請まで連動させる仕組みを進める方針が示された。第三に、行政側の危機世帯把握だ。AIとデータ基盤を使い、複数情報を組み合わせて支援漏れを減らす方向が打ち出されている。第四に、現場と行政の記録・入力業務である。定型的な書類処理やシステム入力をAIで自動化し、2028年までに定型化された福祉行政業務の50%以上をAIで処理する目標が示された。ここで重要なのは、AIが担うのは「判断そのもの」ではなく、情報整理、候補提示、入力補助、異常検知といった前段・周辺業務が中心だという点だ。ケース会議、対人支援、最終判断まで一律に自動化する構想ではない。
利用者側では「申請主義の壁」をどう下げるかが焦点
利用者にとって最も大きい変化は、制度を知っている人だけがアクセスできる状態を弱めようとしている点にある。韓国の福祉制度も、多くは本人や家族が制度を把握し、条件を理解し、申請手続きを進めなければ届きにくい。そこで保健福祉部は、AIを用いて状況に合うサービスの推薦から申請連携までを自動化し、情報不足や手続き負担による取りこぼしを減らす方向を示した。見守り面でも、従来のように明確な事故や長時間の無反応が起きてから対応するのでなく、生活リズムや健康の変化を早期把握し、必要なサービスにつなぐ設計に改める。さらに、福祉・ケアのマイデータ導入も進め、個人のサービス利用履歴や必要情報を活用して、より個別化された支援につなげる考えだ。ただし、便利さと引き換えに、どの情報を誰が扱うのか、本人同意をどう設計するのかは制度の信頼性を左右する。利用者側の利点は「24時間相談できること」だけではなく、「自分から制度を探しに行かなくても届きやすくすること」にある。
現場側では「AIが記録を引き受け、人が相談とケアに戻る」
現場再設計の意味はさらに大きい。保健福祉部は、復祉公務員は相談・支援に、ケア従事者は直接ケアに、より多くの時間を振り向けられるようにすると説明している。背景には、現場で蓄積してきた手書き記録、重複入力、夜間確認、情報伝達の分断がある。ロードマップでは、ケア現場の手書き記録や反復業務をデジタル化し、将来的にはAIが必要情報の提示、ケース管理、サービス連携の補助まで担う方向が示された。これを支える体制として、韓国社会保障情報院がデータ管理とAI安全性管理、中央社会サービス院が技術の現場適用、韓国保健産業振興院が研究開発と事業化支援、韓国保健福祉人材院が人材育成を担当する役割分担も整理されている。担当部署として保健福祉部内の「福祉ケア人工知能政策課」が、総合計画、法令整備、スマートホーム・施設導入、デジタル転換、人材育成などを所管していることから見ても、今回の政策は単独事業ではなく、行政・現場・産業を束ねる中長期政策として位置づけられている。
まだ決まっていない点と、過大評価を避けるための読み方
もっとも、現時点で全国一斉導入と受け取るのは早い。公表資料では、2027年に400世帯・12施設でモデルを開発・実証し、2028年から公的ケアを中心に拡大、2030年以降には家庭用の自律追従ロボットなども段階的に適用するとしている。つまり、今すぐ全国で同じサービスが始まる段階ではなく、実証、評価、拡大の順で進む計画である。また、公表済みの資料からは、総事業費や全国普及の時期を一律に断定できない。AIが現場職員を代替するという理解も正確ではない。保健福祉部自身が、AIは人を置き換える存在ではなく、単純・反復業務を分担する助力者だと説明している。今後の焦点は、法的根拠と倫理指針、個人情報と安全性の管理、デジタルに不慣れな利用者への支援、そして実証でどこまで負担軽減とサービス改善が確認できるかである。韓国のAI福祉政策を読むうえで重要なのは、AIの性能競争ではなく、「何を24時間化し、何を人が担い続けるのか」という設計思想そのものだ。
出典として確認した主な公的資料
本稿は、韓国保健福祉部が2026年10月6日に公表した「AIの助けで24時間途切れないケア、より利用しやすい福祉、人に集中するケアをつくる」と題する報道資料、および添付の「福祉・ケアAI大転換ロードマップ」、保健福祉部の部局案内に掲載された福祉ケア人工知能政策課の業務説明、韓国統計庁の「2025高齢者統計」、保健福祉部の地域包括ケア関連資料などを基に構成した。