中東でのイラン情勢が長期化し、海上輸送の要衝であるホルムズ海峡の混乱が続くなか、日本企業のコスト上昇は原油相場だけでは説明できない段階に入っている。国際エネルギー機関(IEA)は2026年7月7日のガス市場報告で、6月の米・イラン暫定合意以降、LNG船の通航は一部持ち直したものの、戦前水準にはなお届かないと指摘した。IEAの中東海上のボトルネック監視も9月9日更新時点で、2月28日以降の船舶動静を継続的に追跡している。影響の震源は中東だが、負担は日本企業の損益や消費者価格に時間差で波及している。
コスト増の伝わり方は「情勢不安→輸送・保険→原料・資材→出荷価格」という段階を踏むのが特徴だ。経済産業省は7月に中東情勢の対策ワンストップポータルを立ち上げ、石油製品の安定供給要請や金融対応、燃料価格高騰時のトラック運送業に対する価格転嫁の徹底などを整理した。エネルギー市場の混乱が内陸の物流費や企業間取引の条件に波及する構図を、政策面でも注視している。
最初に数字に表れやすいのは航空である。日本航空(JAL)は8月21日、羽田―ドーハ線の運休を2027年3月27日まで延長すると発表し、一部の日欧線で機材変更の可能性にも言及した。欠航や迂回で燃料費が増えるだけでなく、機材の回転率低下、整備計画や乗員スケジュールの再編といった運用の非効率が直接コストに跳ねる。ANAホールディングスは2026年春の決算説明で、影響がなければNCA統合で約200億円のシナジーを見込むとしつつ、中東系キャリアの供給制約などで世界の旅客流動が変化していると説明した。需要の変化が即座に利益拡大につながるとは限らない現実がある。
海運は表面的には運賃上昇の受益に見えがちだが、実務では「回避コスト」が重い。日本郵船は社内の最新リスク情報で、紅海・アデン湾の緊張激化を受け自社船の運航停止を示し、該当水域が戦争保険の除外地域に指定されれば保険料水準や支払い条件に影響が出る可能性を指摘した。商船三井も安全運航の資料で、ペルシャ湾、オマーン湾、紅海、アラビア海などを高リスク海域として管理し、警備体制の強化、沿岸回避、独自の航行指針運用、24時間の船舶モニタリングを実施しているとする。燃料増、警備費、人船待機、遅延、船腹回転低下など、費用は複数の勘定科目に分散して現れる。
保険は仕組みの理解が欠かせない。東京海上日動によれば、一般の船舶期間保険では戦争、軍事行動、機雷、拿捕といったリスクは原則として免責であり、除外水域に入る際は航海ごとの追加保険料を支払って補償を付けるのが基本だ。MS&ADグループの海上保険でも戦争・ストライキの料率は7月22日基準で別建てで管理され、中東の一部は定率ではなく個別条件での引受となる。すなわち、情勢悪化で保険会社が一方的に損失を被るのではなく、引受条件の厳格化と保険料上乗せによって、負担は船社や荷主、さらには川下の製造・流通に移転する。
化学は原料の確保と価格前提に直撃する。住友化学は5月14日の説明資料で、安定調達に努めつつ、2026年度のナフサ価格前提を1キロリットル当たり9万2,000円と置いた。2025年度実績の6万5,200円に比べ高い原料費を織り込んだ格好である。三菱ガス化学も5月13日に、中東情勢に伴う原燃料価格と原材料調達の不確実性に言及し、製造原価の上昇分は収益悪化を避けるため販売価格に転嫁するとした。実際の調達にもひずみが出ている。石油資源開発(JAPEX)は4月17日、ホルムズの事実上の封鎖が続くなか、当初はペルシャ湾から受け入れる予定だった2026年度第1四半期のLNG2カーゴを他産地でスポット調達したと公表し、緊張激化前よりLNG調達費が大きく上がる見通しを示した。ENEOSも4月16日に、国際原油・石油製品の市況上昇に加え、海上運賃や保険料などの調達コストが大幅に増加したと説明している。
食品はコスト転嫁の最終局面で表面化する。日清食品冷凍は6月8日、国際情勢の影響による包装資材の値上がりに加え、エネルギー費や物流費の上昇を理由に、9月1日納品分から出荷価格を約5~21%引き上げると発表した。J-オイルミルズも4月27日の価格改定で、物流費、包装資材費、エネルギー費の高止まりを挙げつつ、中東緊張で原油が急騰すればバイオ燃料向けの植物油需要が一段と強まる可能性に触れた。石油系の包装材や輸送費を経由した負担が、数カ月の遅れを伴って小売価格に及ぶ構図である。
各社の公表を総合すると、業績への反映は、航空・海運が最も早く、化学は在庫や契約単価の調整を経て四半期程度の時差で、食品は小売との交渉と価格改定を経て最後に現れるのが一般的だ。中東リスクが日本企業の損益と物価にどう波及するかを把握するには、原油指標だけでは不十分である。IEAの通航回復ペース、JALやANAの運航公告、損保各社の戦争リスクの引受条件、原料感応度の高い化学の四半期ガイダンス、食品各社の価格改定情報といった実務に近い指標を組み合わせて見ることが、現状を映す近道となる。