財務省が10年物の人民元建て国債を発行
制裁で狭まる資金調達、モスクワの金融重心は北京へ

ロシアの戦時経済が、中国の金融圏に一段と接近している。ウクライナ侵攻の長期化で欧米の金融制裁が続くなか、ロシア政府や企業がドルやユーロではなく、中国人民元で資金を調達する動きが広がっている。エネルギー取引や貿易決済で進んだ人民元利用は、いま国債や社債市場にも及び始めた。
ロシア財務省はこのほど、人民元建ての10年物連邦国債を発行した。発行額は100億元、償還期限は2036年5月、固定クーポンは年7.65%とされる。債券の額面は1万元で、利払いは半年ごとに行われる。一部報道では、投資家は人民元で収益を受け取れるほか、必要に応じてロシア中央銀行の為替レートに基づきルーブルで支払われる可能性もあると伝えられている。
今回の発行は、単なる外貨建て資金調達ではない。欧米の金融網から締め出されたロシアが、戦費と財政赤字をどのように埋めようとしているのかを示す象徴的な動きである。米欧の制裁により、ロシア政府や主要銀行、エネルギー企業はドル・ユーロ市場へのアクセスを大きく制限された。国際資本市場への復帰が難しいなか、人民元は制裁下のロシアにとって現実的な代替通貨になっている。
人民元建て国債が成立する背景には、ロシア国内に積み上がった人民元の流動性がある。中国はロシア産原油や天然ガスを大量に購入し、ロシアは中国製の自動車、機械、電子機器を輸入している。両国の貿易が拡大するにつれ、ロシア企業や銀行の人民元保有も増えた。日本のTBSは、ロシア政府による初の人民元建て国債発行について、中国との貿易を通じて人民元を保有する企業から資金を集める狙いがあると報じている。
ロシアはすでに昨年末にも人民元建て国債を発行している。英フィナンシャル・タイムズによると、ロシアは初の人民元建て政府債で200億元を調達した。内訳は2029年償還の120億元と2033年償還の80億元で、半分以上は中国との取引拡大によって人民元の保有が増えた銀行が購入したとされる。
企業も同じ方向に動いている。欧米市場での資金調達が難しくなったロシアのエネルギー、金融、資源関連企業は、人民元建て社債を活用して資金を集めている。ロシア企業にとって、ドル調達が閉ざされた状況では人民元が最も使いやすい選択肢の一つとなる。中国との貿易決済にそのまま使えるうえ、投資家にとってもロシア国内で人民元資産を運用する手段になるからだ。
もっとも、この流れをロシアの金融的自立と見るのは早計である。「脱ドル」は必ずしも自由度の拡大を意味しない。ロシアはドル依存を下げる一方で、人民元依存を高めている。人民元は中国当局の資本規制の下にあり、完全に自由に交換できる通貨ではない。ドル覇権から距離を取ろうとするほど、中国の金融インフラと政策判断に縛られるという逆説が生じている。
この意味で、人民元建て債券は米中金融秩序競争の縮図でもある。中国は長年、人民元の国際化を進めてきたが、資本規制や金融市場の開放度の低さがドル代替の壁となってきた。ところが、ロシアのように制裁を受けた国にとっては、人民元が生存のための通貨となる。ウォール・ストリート・ジャーナルは、中国がCIPSなど人民元決済インフラを広げ、オフショア人民元建て債券を促進し、ドル依存の低下を狙っていると分析した。一方で、人民元の限定的な交換性と資本規制は、ドルを全面的に代替するうえで依然として制約になると指摘している。
ロシア国内の事情も人民元調達を後押ししている。戦争の長期化で国防費は膨らみ、制裁とインフレは財政運営を難しくしている。国内金利も高止まりしており、ルーブル建て債券による調達コストは重い。ウクライナメディアのNVは、拡大する財政赤字、欧米制裁、高い国内金利を背景に、ロシアが人民元建て債券に依存していると報じている。
ただし、投資需要が無限に強いわけではない。モスクワ・タイムズは、ロシア財務省が人民元建て国債の発行を再開した一方、市場の需要には限界がある可能性を指摘している。人民元資金はロシア国内に蓄積されているが、投資家は制裁リスク、為替リスク、ロシア財政の不確実性を同時に見極めざるを得ない。
買い手の構成も注目される。ロシアメディアによると、今回の10年物人民元建て国債では銀行だけでなく個人投資家の参加も目立った。銀行の購入比率は4割強にとどまり、個人投資家が46%超を占めたとの報道もある。人民元建て債券が機関投資家向けの商品にとどまらず、ロシア国内の個人投資家にとっても代替的な運用先になりつつあることを示す。
ロシアの人民元建て債券拡大は、国際金融秩序に二つのメッセージを投げかける。一つは、米欧の制裁がロシアをドル圏の外へ押し出す効果を持ったということだ。もう一つは、その空白を中国が埋めているということだ。ロシアは制裁に耐えるため、中国の資金と決済網をより多く使い、中国はロシアを通じて人民元国際化の実験場を広げている。
しかし、この関係は対等ではない。ロシアはエネルギーや資源を売って人民元を得る一方、中国はその人民元が中国製品の購入やロシア債への投資として循環する構造をつくる。ロシアがドルから離れるほど、中国中心の金融圏に入り込むことになる。戦争が長引くほど、モスクワの金融上の選択肢は狭まり、北京の交渉力は増す。
日本にとっても、この変化は無関係ではない。ドル中心の金融秩序が短期的に崩れるわけではないが、制裁対象国が人民元や非西側の決済網を活用する動きは、国際金融市場の分断を深める可能性がある。エネルギー、資源、海運、軍民両用品の取引でドル以外の決済が広がれば、企業の為替リスクや制裁リスクの管理も複雑になる。
ロシアの人民元建て国債発行は、「脱ドル」の勝利というより、制裁が生んだ新たな依存構造である。モスクワはドルの扉を閉ざされ、人民元の扉をたたいている。だがその先にあるのは完全な自由ではない。より近く、より強い債権者としての中国との深い関係である。