
イラン情勢を巡る緊張が高まる中、中国の石油安全保障戦略が改めて注目されている。ホルムズ海峡は世界の原油取引における最重要チョークポイントの一つであり、2025年には日量約1500万バレルの原油が通過した。これは世界の原油貿易の約3分の1に相当し、輸出先の多くはアジアである。
中国は世界最大級の原油輸入国でありながら、近年は中東依存と米国主導の海上交通秩序への依存を同時に減らす戦略を進めてきた。ロシア、ブラジル、インドネシアなど供給国を広げる一方、制裁対象国からの原油も取り込み、価格面と安全保障面の双方で選択肢を増やしている。コロンビア大学グローバルエネルギー政策センターは、ロシア産を含む制裁関連原油が中国の輸入全体の2割超を占めた可能性があると分析している。
中国の石油戦略は三つの方向に整理できる。第一は調達先の分散である。2025年の中国の主要原油供給国ではロシアが最大のシェアを占め、サウジアラビアが続いた。ただし、単一国が全体の2割を超えない構成となっており、供給途絶リスクを分散する姿勢がうかがえる。
第二は輸送ルートの多層化である。中国はロシアとのパイプライン、中央アジア経由のエネルギー網、インド洋・東南アジア方面の物流ルートを組み合わせ、マラッカ海峡やホルムズ海峡に集中するリスクを抑えようとしている。これは単なる輸送政策ではなく、米国海軍の影響力を意識した地政学的な対応でもある。
第三は戦略備蓄の拡大である。米エネルギー情報局(EIA)は、中国の戦略石油備蓄が2025年末時点で約14億バレルに達したと推計している。中国は2025年に日量平均110万バレル規模で原油を備蓄に積み増したとされ、短期的な価格変動だけでなく、長期的な供給途絶リスクへの備えを強めている。
人民元建て決済の拡大も、この戦略の一部である。原油取引は長らくドル決済を中心に成り立ってきたが、中国はロシアやイランなどとの取引を通じ、ドル依存を低下させようとしている。狙いは決済コストの削減だけではない。米国の金融制裁やドル決済網への依存を抑えることにある。
もっとも、中国の体制は完全ではない。中東産原油は依然として中国のエネルギー供給にとって重要であり、ホルムズ海峡の混乱が長期化すれば、製油所や石油化学産業への影響は避けられない。エネルギー分析会社Vortexaは、中国は供給国の分散、在庫、ロシアからのパイプライン供給により短期的な混乱には一定の耐性を持つ一方、製油所ごとの脆弱性には大きな差があると指摘している。
日本にとっても、この問題は対岸の火事ではない。IEAは、ホルムズ海峡を通過する原油の多くがアジア向けであり、日本と韓国は同海峡を通る原油供給に特に依存していると指摘している。
中国の石油戦略は、エネルギー政策であると同時に、米国主導の国際秩序に対する長期的な備えでもある。ホルムズ危機は、中国が進めてきた「脱依存」の到達点と限界を同時に映し出している。今後の焦点は、中国が危機対応力を高める一方で、どこまで国際エネルギー市場の秩序を変える存在となるかにある。